貴族と石油王に見られっぱなしのティータイム

2018.11.28

 

ドタバタ劇を見せながら、ホッと一息もつけぬままメニューを渡され、とにかく紅茶をいただくことに。
この写真はいつどうやって撮ったのかしらと思い出せない状況のまま、紅茶が届いている。
確か一杯目はダージリンかロイヤルブレンドを注文した気が。
それほどまでに私は緊張しっぱなし。だってだって、お隣のテーブルは、貴族と石油王!
彼らがちらちら見ているのがビクビクしている私でも横目に入ってくる。
み、見ないで―!
とにかく紅茶をいただきながら気分を落ち着かせようとするが、紅茶がとにかく泡立って濁っているのに気が付く。ああ、これが噂の硬水の影響なのねと冷静に思いながらひと口飲んでみる。思ったより渋くないけど、紅茶葉本来の香りも感じない。とりあえずミルクを入れて、砂糖もスプーン一杯入れてみる。
すると、ようやく貴族の家族も石油王のカップルも自分たちの会話が始まった。
ふむふむ、貴族は娘さんの誕生会だったのね。石油王はアラビア語?と英語が混ざった会話でまったく聞き取れない。とにかく口説いているに違いないと決め込む。
Y君も楽しんでくれているのか、たくさんのティーセットをあちらこちら触った挙句、ようやく紅茶を飲もうとしているのだけど、ミルクは入れないのね。ああ、でもお砂糖は入れるのね。一杯、二杯、へえ、結構甘党なのね。かわいいわ。そう、もう一杯、入れちゃうのね。お砂糖スプーン三杯目。 !!!
貴族の家族と石油王のカップル、いや、私の後方の席のご仁達まで一斉にこちらを見ている気配、時間が止まるのを感じ取る。
アジア人が、お砂糖スプーン三杯入れやがった! 的な目で見ているわ!
私も思わずY君のせいよってきつく彼を睨みつけたのだけど。

「ああ、紅茶、美味しいですね」

あら、スコーンのお皿が空っぽ。なんでかなとは思いつつ、さっそくいただくことに。
「どれから食べようかなあ」なんてワクワクした目でケーキを見つめているY君を尻目に、私は知っているぞってニンマリしながらサンドイッチに手を伸ばす。
以前紅茶の先生に習ったのは、まずはサンドイッチから食べること。それだけは覚えている私。
ということで、どれにしようかなと目で選びながら右端のお皿からこぼれそうなサンドイッチをつまみ上げると。 !!!
周りがザワザワし始めている。え、私? どうして?
一斉にどのテーブルの紳士も淑女もお姫様のような綺麗な女性達やホールスタッフまでが私を見ている気がする!
サンドイッチをつまんだままの私の右手がゆっくりゆっくり胸元に戻って来て、取り皿にサンドイッチを置いてみる。
もう何も喉を通る気がしない。な、なぜ?
紅茶の師範に習ったとおりにやってみただけなのに、何かが間違ってる気がする。だから、見られたのよ。冷たい汗が背中をツツっと落ちた気もする。
そこからはおとなしく、おそるおそる周りを観察することに。
す、すると、そこには、驚愕の事実が!
こんなの紅茶の先生には教わってない!

紅茶が好きで、日本では紅茶の偉い先生にアフタヌーンティーのことを教えてもらっていた私。
ある程度しっかりお作法だけは覚えていたはず。
なのに、たくさんの白目が私を見ている。
お砂糖スプーン三杯入れたY君よりももっと厳しい視線を感じる。
どういうことなのとおそるおそる周りを観察し始める私。
緊張とストレスからか、時間の流れはストップモーションからスローモーションに変わったぐらいのゆらゆら揺れ動くリッツホテルのティーラウンジ。
するとようやく、貴族のお嬢様がサンドイッチに手を伸ばすのが横目に入る。
え? 両手?
お嬢様はナイフとフォークで上手にサンドイッチを自分の取り皿に乗せている。
あれ? 手で取らないの?
さらに別のテーブルの淑女もサンドイッチをナイフとフォークで取っている。
え? サンドイッチって手で取っていいって先生に習ったはずなのに?
確かにナイフとフォークが用意はされてるけど。

 

すると、私の目の前でY君がナイフとフォークを使って上手にサンドイッチを食べている。
ニコニコしながらサンドイッチをひと口大に切ってモグモグ食べている。
私も赤面しながら、ナイフで半分に切ったサンドイッチをフォークを使って口に放り込む。
う、うまい、い、いえ、おいしゅうございます!
パサパサのサンドイッチですが、手で食べるよりもずっと上品な味を感じるわ。
なんだかY君に負けた気がする惨めさと精神の緊張が一気にほどけたのか涙が込み上げてしまった。
しかしまだ事件は続く。
サンドイッチを美味しくいただき終えてほっとしていると、なななんと!
サンドイッチのお替りが出される。一皿目と同じ量!
えええっと思いながらもとにかく食べ切らないと肝心のスコーンが来ない!
サンドイッチをバクバク頬張りながら、甘くしたミルクティーでお腹に詰め込む勢いで食べ切ると、ホールスタッフの男性がニヤニヤ笑いながらさらにお替りどうだと聞いてくるのを手で遮ると、やっと念願のスコーンタイムが!
目の前には小さめの上品なホカホカと温かいスコーンが出される。
なるほど、これがリッツホテルのおもてなしかと感心。
たっぷりとジャムとクロテッドクリームをつけて、贅沢にいただく。

 

スコーンを食べ終わると、先ほどのホールスタッフがまたニヤニヤしながらスコーンもケーキもお替り自由だよと言ってくる。日本人の威厳をもって「NO THANK YOU!」と丁重にお断りしました。
続いてケーキをいただこうとケーキを目の前に置いてみたのですが、ずしりとお腹の重みが「もうお腹いっぱいだよ」と訴えかけてくる。
なんてこと、大好物のケーキを見開いた目で見つめるだけなんて。
思い返せば、紅茶はお替り自由のたくさんの種類から飲み放題と知り、サンドイッチを2皿食べ切るのに、紅茶をティーポット2杯。スコーン2個を食べるのにさらにティーポット1杯も飲んでいる。しかも濃い目のミルクティーにしてがぶがぶと、およそ1リットルは超えているかも。糖分と乳脂肪分が日本の生活での1ヶ月分は摂ってしまったのではないかという量!
むむむ、Y君が目の前でケーキを思いっきり頬張っている。なんて幸せそうな顔で!
私だってケーキは食べたい! 三段トレイに乗ったケーキを食べたくて、二大陸を10時間もかけて飛んできたのよ!
もうそこからは意識が飛んでるかもしれないほど無我夢中にケーキを飲み込みました。
そして最後にもう一つの事件が。

お腹いっぱいで満足高めだけど、驚いたことは、貴族や石油王の席を見ると、ほとんど手つかずで食べ残したまま帰っている。
サンドイッチもスコーンもケーキも残っている。
もしやお替りして、お替り分を残してしまったのかなと考えたのだけど、ずっと誰かと話しっぱなしで食べているシーンは少なかった気がする。
8,000円ものお金を払って、サンドイッチもスコーンもケーキもそこそこにして、家族や恋人、友人や仕事仲間と話しをして、にこやかに去っていく。
リッツホテルで出される食べ物や紅茶を楽しむのではなく、その場の雰囲気と会話を楽しむ。
なんという贅沢だろう。まさしく贅沢の極み。
せっかくだからと、あのニヤニヤボーイに写真を撮ってくださいとお願いすると快く了承してくれました。
Y君との楽しい思い出を写真に収めておくのも悪くない。
日本にいるときよりも素直に心から「ありがとう」と伝え、至福のひと時を最後まで味わおうとした時、何やら奥の方でスタッフ同士が揉めている様子がちらりと視界に入ってしまった。
なんだろうと見ていると、あのニヤニヤボーイが上司と思わしき男性に叱られている。
その上司は何度もちらちら私たちを見て、ため息もついている。
ハッとする私。
たぶん写真を撮ったことが怒られているのに違いない。
リッツホテルのティーラウンジでの撮影は厳禁だった気がする。

 

ニヤニヤボーイ改めちょっとしゅんと落ち込んでしまったシュンボーイが私たちのそばを通ろうとした時、呼び止めてごめんなさいと伝えた。
大丈夫って言ってくれたけど、彼は奥の方を指差して、「彼らは自由に楽しんでるよ」と言っている。
えっと思って、指差す方を見ると、きれいなドレスとタキシードを着た若い日本人カップルが見えた。はしゃいでパシャパシャと写真を撮り合っている。
「あなたたちは特別なお客様だから」とシュンボーイは言ってくれた。
私はもう一度日本人カップルを見ると、そこはトイレの入り口にある席。
ああなるほどとようやく得心がいく。
思い返せば、シュンボーイを叱っていた上司はイギリス男性だった。案内してくれた時の抑揚のない低い発音の英語だった。
シュンボーイは明らかに移民。北アフリカ系に見えるからアルジェリア人ではないかと推測する。
私のテーブルの周りは、白人かアラブのお金持ち風の人しかいなかった。アジア人は私とY君だけだったことに気が付く。ああ、本当に特別なことだったんだと思う。
それもこれも、Y君のお着替えお買い物チェックタイムが無ければ、こんなもてなしは受けられなかったかもしれない。もしかすると私一人できていたら、あのトイレの入り口にある席でアフタヌーンティーをニヤニヤしながら満足気にいただいていたのかもしれない。
今思えば、Y君に感謝! ありがとうY君!
あなたがジャケットも靴もベルトも、ドレスコードなんて知らずに来てくれたことに感謝よ!!
そんなこんなで楽しい時間はあっという間に過ぎて、最後まで残り続け、誰もいなくなった店内を勝手に写真を撮りまくり、

 

イギリスの最初の夜が終わるのでした。
Y君はというと、連絡先も交換せずにさよならしたのでその後どうしたのか分かりませんが、あんな経験なかなかないので、とても愉快な出会いでした。
ありがとう!!

 

 

 

国別カテゴリー


人気のライター
c17toi (8 の記事)
60% Complete
Shasa (7 の記事)
60% Complete
Enya (7 の記事)
60% Complete
Futakaze (6 の記事)
60% Complete
YU (6 の記事)
60% Complete
cchandamm (6 の記事)
60% Complete
kozue (5 の記事)
60% Complete
Momika (5 の記事)
60% Complete
Kareren (5 の記事)
60% Complete
_alimgmg_ (5 の記事)
60% Complete
kazunoko (4 の記事)
60% Complete
Keihan (3 の記事)
60% Complete